占いの種類と歴史を見る

予測とは違う、予知

定まっていない未来を予感するもの

予言と言わしめるものはあくまで起こるかもしれない、という『if』という意味合いが強い言葉だ。未来が見えていて何もかも分かっているなら、それは占いや予言などと言うものとはまるで異なるものだ。二次元の世界では良く用いられる設定などで、人気が高いのも事実。

では自分の未来が分かっている方が良いかといえば、そうだと答える人がどれくらいいるか。若者は未来に不安を覚えているから、誰か心の支えになってくれる人を求めているとはいうものの、筆者はそうは思わなかった。だが周囲にはカリスマ的存在となる人を崇高に見る節がある。その人達が語る先には展望があり、道を切り開く光明が指しているようにすら感じられると、大仰に話す人もいるものだ。筆者の周りにもそういう人間はいるが、あまり参考にはしていない。

漠然として先がわからないからの不安から来ているのかもしれませんが、当たっているとは言いがたい。そうした中でも予言と同じく、占いという分類には属するものの、見方と捉え方によっては人を大きく惑わせるものとなるのが『予知』だ。

予知は未来の可能性を示唆するもの

予知という言葉を聞くと、どんなイメージを持っているでしょうか。多分だが、多くの人は未来で起きるだろうことを事前に見るものという風に解釈しているのでしょう。見る、と言っても実際に起こるとは限らないため、なんとも言えないのも事実。予知を見たという人にアドバイスされたが、何も起こらなかったと憤りを感じる人もいますが、予知と呼ばれるものはそういうものだ。

未来を知るための手段ではなく、予知とは、

『未来の事象にて起こるかもしれない可能性を知る』

といった意味合いが適切だ。こう言われると大分意味合いと予知について考えを改めるでしょう。未来を知るための能力ではないのかと思う人もいるでしょう、ですが定まった未来を見るとなったら予知ではなく、それは全く別の言葉当てはめなくてはならない。その言葉とは『予測』だ。

予測とは何か

では予測とは何かと話をすると、次に起こるだろう情報がほぼ断定的になっている事象について知る事が出来るというものだ。予測と予知では、断定されているか予期されているかの違いが出てくるので、天と地ほどと言っても良い差が生じているのです。つまりだ、例えば次の瞬間に足元が爆発するかもしれないという事態を予測できていれば、事前に回避することが出来る。しかし予知はあるかもしれないという可能性の話となるので、注意はしても下手をすれば遭遇してしまうかも知れない。

予測と予知では大きく異なるが、それでもまた予測されている方がまだ心は軽いかもしれません。予知という複数の可能性が示唆されるだけで精神が安定しない、なんて事になりそうだ。

最近でいうところの

この予知という観点から現在、日本を始めとした地域で1つの技術開発が進められています。他でもない、『地震予知』についてだ。地震大国と呼ばれる日本、4月には熊本地震が発生するなどの大きな最悪が生じているがため、ある程度次にいつ地震が起こるかといった技術の展望が求められていました。東日本大震災においてもそうですが、いずれ日本に巨大地震がやってくるという予言もでていたのも背景にある。

けれど予知という可能性でしかないため、予測と違って断定できる情報ではない。しかし可能性があるなら対策もできると考えての事なのでしょうが、果たして当たるかどうかとなったら天秤の針はそう簡単に動かない。そもそも日本で騒がれていた大地震は東海地方を中心とすると言われていたのが、唐突に西日本の南端である熊本を震源とした別の地震が起こる。

地震予知という技術はこれからも研究が続けられていくだろうが、完璧なものとなるかについては曖昧でもある。

予知というもの

未来がわからないからこそ可能性を知りたい、という手段で用いられる予知。占いで見れば実に曖昧かつ可能性に満ちあふれている言葉だ。そう考えると予言や予測よりは、遥かに良いことを信じるに特化しやすくなる。また悪い事が起こるかもしれないと予知されたら、おそらくキリがない。道を歩いている時、仕事をしている時、呼吸をしているとき、云々といった具合にあらゆる行動すべてに危険が伴うとさえ思えるようになってしまいそうだ。

息苦しいったらない在り方だ。災害を予知できるならそれに越したことはないが、やはり過度な期待を寄せるのもどうかだろう。