占いの種類と歴史を見る

天からのお告げ、神託

神様の意を汲み取る人

占いと呼ばれるものの中には時として、この世ならざるものと交信・その意を伝える事が出来ると言われるような人が登場する時があります、などとぶっ飛んだことを唐突に書いてみる。いざそう考えるとそれはそれで、かなり危ない人だなぁといった感想が真っ先に飛んで来るはずだ。しかし実際に嘘だと思わず、実しやかに本当なのかもしれないと信じこんでしまうという例もある。現代で言うところの新興宗教みたいなものですが、具体的に言えば『オウム真理教』などが挙げられる。教祖として謳われた麻原という男は、神の意のままに無差別殺人を行ったことは当時を知らない人でも知っておかなければならない事実として語られている。

極端かもしれないが、新興宗教だろうと元は1つの宗教を自身の理念によって編み出したものとなっています。そして何の例外もなく、教祖となるべき人間にはスピリチュアルな能力が宿っているとも考えられ、考えに賛同する人たちの後押しを得て団体は成長していきます。そして彼らは教団員たちに向かって等しく呟くものは、『神託あってこその正義』といったように語り続けるのです。

この神託というもの、これもまたおおまかにいえば占いの一種と言える。

神託とは

オウム真理教の例を見るとどうしても神様の意を伝えるというものがゆがんで見えてしまう人もいると思います。神託は神様の意を意味しており、それを巫女やシャーマンといった人々が受けることにより、神様のお告げを人々に告げるというものだ。

世界的に最も有名な神託といえば、『デルポイの神託』というギリシャ神話にも登場するギリシア最古の神託所が挙げられます。神話の中では人々の運命を左右する役割を持っており、その判断1つで人一人の人生が決められてしまうのだ。それこそ古代ギリシアにおいて神託とは、政治にすら強力な影響力をもたらしたという話も有名です。神託を聞き届けたシビュラと呼ばれる巫女たちの言葉一つで一国の政治舵取りが左右されるという、現代では少々考えられない事態だ。とはいえ日本でもそうした政治が宗教によって運営されていたという事実は否定できません。

ヨーロッパ諸国においてはこうした宗教と政治を切り離すことが急務とされ、現在では政治に宗教的な価値観を持ち込まない『政教分離原則』が基本スタイルとなっています。ただそれも表向きだと見ている人もいるはずだ、日本でも体裁はそう整えられているものの裏ではどうなっているか、と暗に察している人もいるでしょう。

それはそれとしてもだ、神託というものは使い方によっては人を簡単に洗脳できるだけの力を有しているため、占いの中でも一級品の麻薬みたいなものだ。その観点から見れば、オウム真理教の実態がどれほどのものだったのかが見て取れます。

オウム真理教においての神託とは

この新興宗教団体における神託なるものは、言うなれば絶対無二のお告げと取れるだけのものだった。何故かというと、教祖である麻原は教団を収める長でありながら、神でもあると見られていたからです。そのため信者として所属していた人々は麻原という人間を教祖であると同時に、自分たちが信じるべき唯一神だとして神格化し、崇めていた。そこまで信じ込んでしまえば、後はもう何をするにしても神のお告げは信頼に値するとして、数々の犠牲を生み出した事件を起こしていったのです。

大げさに思うかもしれませんが、占いと呼ばれるものは本来そういう性質を持つものなのだ。日本人が日々占いをして運勢を図るのと同じように、かつて国がどうあるべきかを神様に訪ねて決めていたようなものなのです。存在するかどうかも分からないものに問いかけて、自国の行く末を定めようとしていたと改めて考えると、よく舵取りが出来ていたなと思う。

神託の背景

ただ考えを転換してみると、言ってしまえばそれだけ心の弱さが顕著だったがため、絶対といえる言葉を欲していた人たちにとっては救いとも言えるものに思えたとも、考えられる。オウム真理教にしても、信者とされていた人たちの中には社会的弱者と揶揄される人々が社会の理不尽さに耐えかねて救いを求めた結果が信者になった、という理由ではないでしょうか。

現在も日本には数多くの新興宗教が存在しており、入信する人々は心に何かしらの影を負っていることが多いと考えられています。そうした人たちから救いとされるものを奪う事は、却って危険だという事実も周囲は理解している。実際、オウム真理教の教祖ですら数々の犯罪行為から死刑判決が確定してから、数年間も執行がされていないほどだ。暴動が起こるかもしれないと、そうした不安分子に対する恐れもあり得るとなると容易に判断も出来ない。

不安だからこそ信じる

神託のように絶対といえる物を欲することは、誰しもあるでしょう。それだけ不安な日々を過ごしているからこそ、人は占いにハマり、人によっては依存してしまいます。その依存も度を超えてしまうと、犯罪を行う事は悪くはないという思考にすら至ってしまうのだから、その狂気も十分理解しなくてはならない。ここでいう神託のような、絶対といえるものは世界にはないからこそ、心の支えを求めるのでしょう。

悪いことではないが、占いもほどほどにしないと取り返しの付かないことをしでかす可能性がある。